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初代 春日井梅鶯 赤城の子守唄

初代 春日井梅鶯 2009/09/17発売 450円 

初代 春日井梅鶯 の出世作「 赤城の子守唄」が登場

当レーベルが日本浪曲協会の協力を得て、本格展開をはじめた浪曲の名曲選の第2弾は、初代春日井梅鶯。
初代春日井梅鶯は明治38年千葉県出身。16歳の時に浪曲を志したのが、特定の師匠にはつかず、天昇軒桃若丸のちに如雲月と名乗り旅回りを続けた。旅先で春日井松之助一門の梅吉のもとへ身を寄せていたのが縁で、春日井梅鶯と改名。「赤城の子守歌」のヒット後は大家として活躍し、浪曲協会の会長も務め、昭和49年69歳で亡った。
今回の演目は「赤城の子守唄」である。原作は当時(昭和初期)大ヒットした東海林太郎の「赤城の子守歌」を秩父重剛が浪曲化し、梅鶯を一躍有名にする出世作となった。
侠客国定忠治は宿敵島村伊三郎を斬った。凶状持となった忠治は赤城ごもりと赤城落ちを繰り返した。その最中に忠治は十手に追われ、危内に立たされる。それを内通したのが忠治の子分板割浅太郎の伯父の三室の勘助だと勘違いした忠治。忠治は浅太郎に伯父である勘助を斬るように命じる。伯父に限って内通などしないと感じていた浅太郎だったが親分の命には逆らえず、勘助を斬るために赤城山を下る。浅太郎が出掛けた後に子分の日光の円蔵から事の真相を聞かされる。誤りに気付いた忠治が子分の頑鉄に後を追わせたが間に合わず、浅太郎は伯父を殺害する。その後忠治は自分の犯した過ちに盃を水に流してもらいたいという浅太郎に心底詫びる。残された勘助の息子の勘坊を背に「勘坊良い子だねんねしな お前の父ちゃん殺したは 忠治が一生の誤りだ 許しておくれよねんねしな」と子守唄を歌って読み終える。